男一匹、夢に賭ける にっぽん豪商列伝

紀伊国屋文左衛門〜一世一代の大バクチ

スケールの大きな悪ふざけね。ワタシも大金持ちになってみたいわ。

まだまだあるよ。この話の元は、紀文とも奈良茂とも言われているんだけど、ある日宴席で招待客にそばが振る舞われた。いつもは豪華を極めた御膳が並ぶだけに、客も不思議に思った。何かそばに趣向でも凝らしてあるのかと思って食べてみても、ただのそばだ。

絶対何かあるわね。そばの材料が違うとか、なんだとか…。

いやいや、普通のそばなんだ。いぶかる客がその趣向を尋ねると「そのそばは、きょう江戸で食べられる唯一のそばです。あとは全て私が買い上げましたので…」

あははは。呆れてものが言えない。


一見、金持ちの道楽話みたいに聞こえるけど、これは相場とは何かという例え話なんだな。「みかん船」のみかん同様、ものの価値というのは、最初から絶対的に決まっているわけではなくて、相対的な流通量で決まるということだ。どんなものでも、流通量が少なければ価値が上がり、多ければ下がる。誰かが買い占めれば、そばだって高額になるというわけだ。

なるほど。紀文さんの商売ってそういうやり方だったのかもね。

「買い占め」といえばこんな話もある。紀文は全盛期に吉原を4度借り切っている。当時吉原には1000人もの遊女がいたというから、究極のハーレム状態なわけだけど、座敷にはご贔屓だけでいい、あとはご自由にという粋な計らいだった。

じゃあ、ほとんどの人はお休みをもらえたのね。紀文さん、やるわね〜。

かくして吉原大門は閉められ、こんな川柳が詠まれた。「大門は 片っ扉が 五百両」要するに、扉の片側を閉めるのに500両、紀文は一晩に1000両、約1億使ったということだね。

っていうことは、4回で4億! 宝くじで3億円当たっても無理じゃないの。

紀文と奈良茂の意地の張り合いは、恋愛関係にまで及んだ。三浦屋という吉原を代表する高級店にいた几帳(きちょう)という太夫、まぁ今で言うなら銀座のナンバーワンホステスと大人気のグラビアアイドルを足したようなもんだな。太夫っていうのは、ただの女郎さんじゃない。吉原にも3、4人しかいないトップスターなんだ。

要するに、高嶺の花ってことね。


そう。とびきり美人の上に、センス抜群、芸も一流で教養もある。当然、予約するにも1カ月待ち、支払う金もハンパじゃない。この几帳さんは、もともと奈良茂が熱を上げて通い続けていたんだけど、最終的には紀文がまんまと身請けする。

当然、お金も使ったんでしょうね。もうバカバカしくて聞きたくないけど。

これが後々評判になって有名な『大盡舞(だいじんまい)』という謡(うたい)ができた。「そもそもお客の始まりは、高麗・唐土(こま・もろこし)は存ぜねど、今日の本に隠れ無き、紀伊国文左でとどめたり。緞子(どんす)大尽張り合いに、三浦の几帳を身請けする。緞子三本、紅絹(もみ)五疋、綿の代金までを相そえて、揚屋半四に贈られた。二枚五両の小脇差、今では半四の宝物。ハアホ大盡舞を見さいなァ〜」

半分ぐらい意味わかんないけど、ムチャクチャ豪華な身請けだったということだけはわかるわ。

其の参 表の顔、裏の顔

とまぁ、ここまで紀文と奈良茂の話をしておいて何だけど、奈良茂というのは代々襲名する屋号みたいなもので、贅沢三昧だったのは紀文と同時期に活躍した4代目ではなくて、5代目ではないかという説もある。

あら、まさか奈良茂さんも架空の人だったなんて言わないでしょうね。

霊岸島にあった広大な屋敷の見取り図とか、財産目録が現存しているし、菩提寺の雄松院には代々の過去帳があるからね。奈良茂に関しては実在の人物であることは間違いない。4代目は明暦の大火で材を為し、日光東照宮の改築なんかで紀文同様、豪商として名を馳せた。
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