虚構の中の真実 時代劇のヒーローたち

遠山金四郎(後編)〜誰も知らなかった桜吹雪

要点だけ言われても、ワタシにわかるかどうか…。


まぁ、とりあえず聞きなさいよ。まず天保4年(1833)から始まった大飢饉で、全国で米不足が深刻化した。農村部では一揆や打ちこわしが多発し、江戸でも米価が高騰して庶民の台所を直撃した。そこで幕府は天保7年から8年にかけて、米問屋の独占を解体し、自由売買にすることで米の安定流通を図ろうとした。その際に、新規参入業者から3万両を集めて、全国で米の買い付けをするよう指示した。これで買い付けた米を、緊急支援米にするためだ。一方で、諸大名には大坂市場を経由させずに、米を直接江戸に送ることを奨励する。

また経済の話かぁ〜。そろそろウンザリかも。


ははは。確かに、キミじゃなくても、江戸の経済システムを理解していないとわかりにくいかもしれないね。これについては機会を改めて話すことにして、とりあえず話を進めよう。同時に幕府は両替商に銭を買い支えるよう指示した。これで銭相場が引き上げられるから、貨幣価値が高くなって、庶民は買い物をしやすくなる。今で言うなら日銀の介入みたいなもんだ。

お米とお金の関係がイマイチわからないけど、結局うまくいったわけね。


この采配をふるったのが前南町奉行の筒井だった。筒井は江戸を飢餓とインフレから救ったということで絶賛されたけど、ひとつやり残したことがあった。それは、両替商が買い支えた銭を幕府が買い取るのか、市場に流通させるのかという問題。もうひとつは緊急支援米のために集めた米の買い上げ資金ね。この返却をどうするのか。

それって、前もって考えていたんじゃないの?


それが、先送りされていたんだ。これは実質担当者であった与力の仁杉五郎左右衛門の責任ということになるんだけど、なぜこの問題を放置していたのか、あるいは処理できない理由があったのか、今となっては謎なんだけど、実はこの問題を指摘したのが、当時、勘定奉行から左遷されて、小普請支配の閑職についていた矢部だった。

矢部さんは左遷された時期があったのね。どうして? まぁ、何となく想像がつくけど…。

江戸城の西の丸が焼けたときに、すぐ再建すべきという水野以下の幕閣に対して、そんな無駄金は使えないと反論して嫌われた。

あはは。その頃から水野さんとはソリが合わなかったのね。でも、結局は水野さんのおかげで町奉行になれたんでしょ?

実は矢部は、勘定奉行の頃からこの問題を察知して、秘かに調べさせていた。しかし、その時にはさしたる問題ではないと考えていたから、黙殺していたんだ。しかし、自分がこのまま閑職で終わるのには我慢ならなかったんだろうね。4年も経ってから、この問題を持ち出して筒井を糾弾した。

っていうことは、不正を告発して筒井さんの追い落としを狙ったっていうこと?

そう考えて間違いないだろうね。でないと、矢部の行動には説明がつかない。そういう意味では、矢部も清廉潔白な人物とは言い難い。しかし、それが政治の世界だ。賄賂を使おうが人を糾弾して追い落とそうが、自分の地位を掴まない限り、政治を動かすことはできない。水野と矢部はことごとく対立したけど、もの凄くピュアで清潔な面と、目的達成のためなら毒をも食らうという面。その二面性が、有る意味よく似ているんだ。だから当初は認め合う部分も多かったんだと思う。

う〜ん。人の評価って難しいわね。それで、筒井さんはどうなっちゃったの?

水野としては20年も町奉行を続けてきた筒井は人格も手腕も立派ではあるけど、庶民の反発が予想される自身の改革には向かないと考えたんだろうね。矢部と入れ替えに西の丸留守居役とした。経済官僚としての手腕を買われたこともあるけど、矢部の南町奉行就任には、そんな裏もあったんだ。
<5ページ目に続く>