虚構の中の真実 時代劇のヒーローたち

遠山金四郎(前編)〜誰も知らなかった桜吹雪

経済政策って今も昔も複雑で難しいのね。


言い換えれば、政治主導、官僚主導の経済政策は、あまり進歩していないとも言えるね。さて、次の政策は「人返し令」だ。幕府や藩の税収は農民から徴収する年貢、つまり米なんだけど、貨幣経済が発達して、都市部に産業が集中すると、若者の農村離れが加速する。これも現代と同じ構造だね。農村が過疎化すると税収が減るから、水野は農村人口の都市部への流入を食い止めようと考えた。

でも、どうやって食い止めるの?


江戸の人口調査を実施すると同時に、すでに戸籍がある者以外は新規転入を認めない、妻子の無いもの、裏店住まいの者は帰郷させる、出稼ぎの者はその都度届けさせるといったところかな。

それじゃあ、奥さんも子供もいないし、アパート住まいが長い蔵三さんも田舎に帰らないとね…。

何言ってんだよ。こちとら、生まれも育ちも江戸っ子でぃ。お盆休みって言ったって、帰るところなんかねえんだ。みくびってもらっちゃあ、いけねえよ。

急に江戸っ子みたいな話し方しても、全然似合わないわよ。それより、次の政策は?

「上知令」だね。これは政治の中心である江戸と、経済の中心である大坂を有事の際に外国から守るために、江戸と大坂の周辺地域を直轄地にして、足元を固めようという政策だ。そのために領地を持つ大名や旗本から土地を取り上げ、代わりに代替地や蔵米を支給する。

領地を取られる人たちは納得しないんじゃないの?


その通り。これが水野失脚の直接的な原因になるんだけど、ここで再び矢部定謙が登場する。寛政の改革が始まる前年に「三方領知替え」というプランが持ち上がった。財政破綻に陥っていた武蔵国川越藩主・松平斉典(なりつね)が、将軍家斉の子を養子に迎えたことを材料に、米どころ、庄内への国替えを画策する。これを受けた水野は、間に長岡藩を噛ませて、川越藩松平氏を庄内、庄内藩酒井氏を長岡、長岡藩牧野氏を川越という3藩による領地替えで解決しようとした。

ずる〜い。それじゃあ、松平さんが得するっていうだけじゃない。


実は水野にも思惑があった。このどさくさに紛れて、酒田と新潟を天領にすれば、日本海側の備えにもなると考えたんだな。ところがこのプラン、意外なところから反発が出た。庄内藩の農民達だ。川越藩主は過酷な税の取り立てをするという噂が立ったんだな。農民達は江戸に出てきて命がけで直訴するわ、近隣の藩にも訴えるわで、江戸っ子の間でも話が大きくなってきた。要するに、庄内藩の騒動が江戸に飛び火してきたわけだ。

ははぁ、それで町奉行の出番というわけね。


おそらく幕閣内の「反水野派」からの指示もあったんじゃないかと思うけど、たぶん矢部は農民達の訴えを直接聞いたんじゃないかな。最終的に「領地替えの必然性がない」ということで幕府に再吟味を求めた。水野としては川越藩の企みも自分の思惑も表沙汰にはできないし、諸藩の反発も強かったから、裁定は次の将軍・家慶に委ねられた。

で、将軍の結論は?


もちろん「中止」。ここまで来ると、水野にとって矢部は邪魔でしかない。しかし、言うこともやることも筋が通っているから、罷免する理由もない。唯一足を引っ張れるとすれば職場のボイコットだ。そこで水野は名門・林家の出身で、次期町奉行を狙っていた目付・鳥居耀蔵に白羽の矢を立てる。

そのとき、金さんはどうしていたの?


今まで説明した水野の政策を粛々と実行していたさ。しかし、贅沢禁止、倹約生活を庶民に押しつける政策には、かなりうんざりしていたようだね。江戸の街から活気がなくなり、景気も目に見えて悪くなっていく。この点では矢部と同様「ちょっとやり過ぎではないか?」という疑念があったようだ。
<3ページ目に続く>