続・虚構の中の真実 時代劇のヒーローたち

荒木又右衛門〜決闘のリアリズム

其の伍 血戦、そして謎の死

斬らせて斬れ

又右衛門さんたちは人数的に不利だってんでしょ。弓矢とか鉄砲とか、特別な武器を持っていった方が良かったんじゃない?

いや、むしろ飛び道具を用意していたのは又五郎側だ。昔から追うほうが追われるより有利だと言うだろ。又五郎側はいつ襲われるかわからないから、道中一瞬たりとも気が抜けない。その点、又右衛門側は自分たちのペースで行動できる。それに、万が一本懐が果たせなくとも、死力を尽くして闘えば誰かが遺志を継いでくれるという信念もある。

後ろめたいところがない分、モチベーションも高いってことね。


鍵屋の辻というのは角に鍵屋、万屋という店がある十字路だ。鎖帷子を着込んだ又右衛門一行はここで酒を飲み、十分に体を温めた。当日はクリスマスの翌日だからね。寒かったと思うよ。一方の又五郎側は逆に着込んでいた鎖帷子で体を冷やしてしまったようだ。金属は熱伝導率が高いからね。

その辺も又右衛門さんの読み通りってこと?


又右衛門が門弟たちに伝えた心構えはこうだ。「斬らせて斬れ」。どんなに強い相手でも攻めに入った時には必ず隙ができる。だからまず相手に肉を斬らせて、その瞬間に骨を断てということだな。

なんかものすご〜くリアルな言い方ね。ぞっとしちゃう。

その結果、この闘いはそれぞれが満身創痍、文字通りの“血戦”になる。又右衛門の作戦はこうだ。「武右衛門と孫右衛門は2人で桜井半兵衛にかかれ。決して槍を持たせるな。数馬は又五郎のみに集中せよ。河合甚左衛門以下、残りの者はすべてこの又右衛門が引き受ける」。

わ〜、凄い。ってことは甚左衛門さんを含めて、一人で8人を倒すって話でしょ。

そう。でも全員斬る必要はない。8人の中で、生かしておくと厄介なのは甚左衛門一人だ。だから、いかに早いタイミングで甚左衛門を討つかがこの勝負の分かれ目だった。真剣勝負といえば前回の「宮本武蔵」を思い出すだろ。又右衛門と武蔵は、歳はだいぶ離れているけど、同時代を生きた人だ。武蔵は剣術家である前に兵法家だったって前に話したよね。又右衛門もまた優れた兵法家だった。だから最も効率的で確実な方法を選んだ。

又右衛門の秘策

そう言われると何となく想像がつくけど、正面から正々堂々っていうわけじゃなくて、何か作戦があったのね。

その通り。意表をついた不意打ちですよ。決戦のスタートは朝8時。又右衛門たちは屋内や死角になる場所に潜んでいるから、又五郎一行からは見えない。馬上の又五郎、半兵衛をやり過ごし、甚左衛門の馬が目の前を通りかかった時、又右衛門が飛び出した。「甚左衛門殿、又右衛門ぞ」と言うが早いか、愛刀伊賀守金道で甚左衛門の左足、脛から下を切り落とした。不意をつかれた甚左衛門は刀を抜こうとするが、すでに左手に姿はなく、又右衛門は馬の腹下をくぐって甚左衛門の右手に出ていた。右足を掬われ、たまらず落馬した甚左衛門は立ち上がることができない。驚いた馬が走り去った直後、一刀のもとに切り伏せられた。

うわ〜、目の前で見ているような迫力。意外に呆気なく勝負がついたのね。

すべては又右衛門の作戦勝ちだよ。馬上で眩しい朝日を浴びた甚左衛門にとって、左後方から斬りつけてくる又右衛門は死角になる。さらに、いくら上半身を鎖帷子で防備しても脛当てまでは付けていないから、足への攻撃は防ぎようがない。しかも右手で抜く刀は左側を斬りにくいから、例え刀を抜いてもワンテンポ遅れるし、抜いて左側に切りつけようとしても、知らない間に右側に回られていたらアウトだ。

すべて計算していたのね。って言うより、そんな状況の中で判断できる冷静さが凄いわ。

その間、武右衛門と孫右衛門は馬上の半兵衛に向かっていった。馬を返した半兵衛は槍持ちに「槍、槍!」と叫ぶ。槍持ちが走って槍を渡そうとした刹那、武右衛門が馬上の半兵衛に斬りつける。槍持ちは必死に武右衛門の横腹を十文字槍で突いたが、武右衛門は怯まず槍持ちの右手を斬り落とす。

うわ〜、足とか手とかを斬り落とすって、ホントに凄惨だったのね。

一方の孫右衛門も半兵衛に斬りかかったが、逆に半兵衛の若党に斬りつけられる。槍をあきらめた半兵衛は馬を降りると、突進してきた武右衛門を斬り捨てる。その間若党と斬り合っていた孫右衛門は「斬らせて斬れ」の教え通り、相手の太刀を受けながら若党の足を薙ぎ斬った。

わ〜、ますます壮絶!


武右衛門が斬られたのを知った孫右衛門が半兵衛に突進、斬り合う間に半兵衛の草履取りが半弓で矢を射てきた。これが孫右衛門の脇腹に刺さった。矢はさらに、ゾンビのように血だらけで立ち上がってきた武右衛門の背中に刺さる。この機に小者が槍を拾って半兵衛に渡そうとしたから、手負いの武右衛門、孫右衛門は絶体絶命だ。しかし、そこに立ちはだかったのが又右衛門だった。
<7ページ目に続く>