続・虚構の中の真実 時代劇のヒーローたち

荒木又右衛門〜決闘のリアリズム

其の壱 知られざる実像

この連載が始まってから、見たことも聞いたこともない人って初めてだわ。アラキマタエモンって誰? 有名な人?

そりゃあ、江戸時代の人だからね。ワタシだって見たことはないよ。でも、キミが知らないのは無理ないかもなぁ。かつてはバンツマ、アラカン、千恵蔵、右太衛門、大河内伝次郎と、時代劇スターなら一度は演じたことがある定番のヒーローだったけど、最近はテレビの時代劇そのものが下火だしねぇ。

ヒーローっていうことは、何かで活躍したってことでしょ。何をやった人なの?

曽我兄弟、赤穂浪士と並んで「日本三大仇討ち」と称されるのが、又右衛門の「伊賀越の仇討ち」なんだけど、事実だけ言えば、寛永11年11月7日(1634年12月26日)、又右衛門の義弟である渡辺数馬の弟を殺した河合又五郎を、数馬が討つ際の助太刀をしたということだ。

エッ? イマイチよくわからないけど、親戚の仇討ちの手助けをしたってこと?

その通り、と言いたいところなんだけど、この話は結構複雑なんだ。実は正確に言うとこれは仇討ちではない。基本的に子が親の、妻が夫の、家臣が君主の、といった具合に目下の者が目上の者の仇を討つというのが仇討ちの定義だ。ところが、この事件の場合、兄が弟の仇を討つ話なので、単なる私闘、復讐でしか無い。

はぁ〜。ますますわからないなぁ。


しかし、当時世間では立派な仇討として賞賛された。というのは、この仇討ちにはもっと深い意味が隠されていたからなんだ。まぁ、そのことはおいおい説明するとして、この事件が有名になって、歌舞伎や講談で取り上げられると、話がどんどん大きくなって、いつのまにか「又右衛門の36人斬り」という現実離れした大チャンバラ劇になってしまった。

量より質?

話が大きくなるのは中国や韓国だけじゃないのね。実際には「何人斬り」だったの?

キミが言いたいのは南京とか慰安婦のことか? ボーっとしているようでたまに鋭いことを言うねぇ。実際に又右衛門が斬ったのは1人か2人だ。

それが36人って、ちょっと水増しし過ぎじゃない? それなら、60数度真剣勝負して負けなかったっていう宮本武蔵の方がワタシ的には評価が高いわ。

まぁ、そう思うのが自然だとは思うけど、この場合「量より質」なんだな。武蔵の項で話したように、武蔵の対戦相手というのは佐々木小次郎を含めて、具体的にどんな人物だったのかよくわかっていない。例えばボクサーと言っても、プロのヘビー級チャンピオンだったのか、ランキングに入る実力者だったのか、4回戦ボーイだったのか、アマチュアだったのか、それだけで全然違うだろ。ヘビー級のチャンピオンがランキング外の無名選手に勝っても自慢にはならないし、下の階級やアマチュア相手ならなおさらだ。

ってことは、又右衛門さんの相手は相当強かったってこと?


一人は、元郡山藩剣術指南役・河合甚左衛門。もう一人は摂津尼崎藩槍術指南役・桜井半兵衛だ。要するに、ふたりともプロ中のプロ。しかも、又右衛門側が4人なのに対して、数馬側は総勢11人。数の上でも圧倒的不利だった。

そう聞くと、又右衛門さん凄いって思うわね。


少しはわかってもらえたかなぁ? 余談になるけど、それまでの“36人斬り”話のウソを冒頭で指摘した上で、ほぼ史実に忠実に作られた映画がある。それが1952年に公開された『荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻』。脚本を書いたのが巨匠・黒澤明で、監督は大映の名匠・森一生だ。この2年後に黒澤監督は名作『七人の侍』を世に送り出す。つまり『荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻』はリアリズム時代劇の先駆的作品になったわけ。三船敏郎の又右衛門、志村喬の河合甚左衛門、千秋実の河合又五郎といった具合に、主要な役者も『七人』と同じだ。

さすが世界のクロサワ監督ね。着眼点が違うわ。


そこなんだけど、リアルな又右衛門像という意味では黒澤監督のオリジナルではない。おそらくベースになっているのは、長谷川伸が1951年に発表した小説『荒木又右衛門』だと思う。長谷川伸と言えば、『瞼の母』とか『沓掛時次郎』といった股旅物の大衆作家というイメージが強いけど、もともと新聞記者出身だけあって、地道な取材を重ねて描き上げる歴史小説家としての側面もある。あまり知られてはいないけど『相楽総三とその同志』なんてのはその白眉なんだな。
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