虚構の中の真実 時代劇のヒーローたち

宮本武蔵〜遅れてきた兵法者

其の壱 小説が創った武蔵像

ウチの弟が漫画の『バガボンド』読んでるから、ワタシも宮本武蔵だったらそれなりに知ってますよ。話がなかなか進まないから、結末は知らないけど。

あれの元ネタは吉川英治の小説だからねぇ。これまで何度も映画やテレビドラマになってるだろ。だからストーリーよりも武蔵や小次郎のキャラをどう描くかということが重要だったんだろうなぁ。小次郎を聾唖者にしてみたり、武蔵が姫路城に籠もって教養を身につける部分を省いちゃって、野生児そのままで登場させたのはいいけど、作者自身がどう結末に持っていったらいいのか苦しんでいるよね。

あれ? じゃあ、漫画は原作とは違うんだ。ワタシは映画とかで観たことがないからわからないけど。


朝日新聞の新聞小説として連載が始まったのが昭和10年(1935)で完結したのが昭和14年(1939)。連載と並行してすでに嵐寛寿郎や片岡千恵蔵主演で映画化されているからね。映画だけでも20本以上あるけど、特に名作の誉れ高いのが昭和36年(1961)から1年に1本づつ作られた内田吐夢監督、中村(萬屋)錦之助主演の5部作だな。この映像でチラッと観てごらん。


あれっ、小次郎の役って健さんじゃないの。若いわ〜。



原作のイメージからすると、ちょっと薹(とう)が立ってるけどね。ちなみにアカデミー外国語映画賞を受賞した稲垣浩監督・三船敏郎主演の3部作で小次郎を演じているのは鶴田浩二で、こちらもかなり年齢的に無理があったけど、結構役にはハマっていたなぁ。小次郎役で意外なほど良かったのは加藤泰監督・高橋英樹主演での田宮二郎だな。

あははは。出てきた名前、高橋英樹以外みんな知らな〜い…。



テレビのバラエティに出る役者以外知らんということか。情けない。三船と言えば世界のミフネだぞ。若者向けに言うならばば三船美佳のパパだ。ヨロキンこと萬屋錦之助は中村獅童の叔父さんだ。

「国民文学」の影響力

でも、アカデミー賞を獲った方が代表作じゃなくて、ヨロキンさんの方がいいっていうのはどうして?


稲垣浩も名匠ではあるけど、『宮本武蔵3部作』は凡作だと思うよ。賞を獲れたのは、それだけ当時の日本映画のレベルが高かったということさ。稲垣・三船版で一番評価できるのはお通を演じた八千草薫だな。内田吐夢版の入江若葉はミス・キャストだったと思うけどね。

テレビでもドラマになったんでしょ。その中で良かったのは誰の武蔵?


錦之助は『それからの武蔵』で後日談を演じているけど、子連れ狼のイメージが強すぎて、拝一刀にしか見えなかったなぁ。NHKの大河では市川海老蔵(新之助)が主演だったけど、原作をいじり過ぎたのが失敗だったね。北大路欣也と上川隆也はマアマア。割と良かったのが役所広司。観たことはないけど高橋幸治もイメージ的には悪くない。武蔵役は大柄な役者の方が似合うんだ。実際、身長175センチぐらいっていうから、武蔵は当時としては大柄な人だったんだ。

じゃあ、小次郎役は?



原作では前髪の美青年だからね。TOKIOの松岡クンとか、吉田栄作はなかなか似合ってたよ。変わったところでは、ジェームス三木のオリジナル脚本で小次郎サイドから描いたNHKの『巌流島』。ここでの渡辺謙ね。これがちょっと悲劇的で良かったね。

…っていうことは、蔵三さんは映画もテレビもほとんど観てるってことでしょ。もしかして武蔵オタク?


何がオタクだ!吉川英治の『宮本武蔵』は“国民文学”って言われるくらい有名なの。原作を何度も読んだ後でも、映画やテレビで繰り返し観たいわけ。映画にしても、ヨロキンが凄まじい殺陣を見せる『一乗寺の決斗』なんかは、ある意味原作を超えた部分もあるしね。

ストーリーも結末もわかってるのに、良く飽きないわねぇ。



それだけよくできた小説なんだ。だから、小説での武蔵像が現実の武蔵を完全に凌駕してしまった。そこが武蔵の実像を語る上で大きな弊害になっている。フィクションが一人歩きして、あたかも史実のようになってしまったんだ。
<2ページ目に続く>