虚構の中の真実 時代劇のヒーローたち

大岡忠相〜素顔の見えない名奉行

うわ〜、江戸のファム・ファタールって感じね。お熊って言う名前から美人は想像しにくいけど…。

一度は毒殺を図るけど、毒薬の調合を頼まれた針医者が毒じゃなくて風邪薬を使ったから失敗、次に下女をけしかけて無理心中の濡れ衣を着せようとするんだけど、これも気づかれて失敗。それで犯行が露見するわけ。

あはは。風邪薬で殺そうとか、何だかオソマツねぇ。結局誰も死んだりはしなかったのね。でも母と娘が共謀してダンナを殺そうなんて、男性にとっては悪夢よね。

確かにマヌケな殺人未遂ではあるんだけど、忠相の裁定は厳しかった。実行犯の下女と、お熊の密通を手引きした下女は二人とも死罪、密通相手の手代とお熊は町中引廻しの上獄門、共謀したお熊の母親は遠投だ。

え〜、未遂なのに4人も死刑になるの? 厳し過ぎない?


それだけじゃないよ。何もやってないお熊の父親も監督不行き届きで財産没収の上江戸所払い、毒殺未遂に加担した針医者も同罪だ。どうして忠相がそこまで厳しい裁定を下したのか、それは当時の時代背景と密接な関係がある。答えはまた後で話すとして、まずは時代背景から追ってみよう。

其の弐 吉宗の登場

大岡さんが活躍したのは“暴れん坊将軍”の時代でしょ。


実際の吉宗が“暴れん坊”だったかどうかは別として、平和な時代に武芸を奨励していた事だけは事実だ。そんなことよりも、吉宗は幕府の財政危機を建て直すエースとして、幕閣や諸大名から、もの凄く期待されていたんだ。

建て直すって、その頃の幕府はどんな状態だったの?


徳川幕府は武力を背景とした強権政治によって、三代将軍家光の時代から安定期に入る。これには家光の強いリーダーシップもあったけど、この時代に大老・老中を中心にした官僚機構が確立されたことが大きい。四代将軍家綱が「さようせい様」と呼ばれたほど、将軍が何もしなくても保科正之、松平信綱といった優秀な幕閣が実際の政治を取り仕切ったから、問題はなかった。

それじゃあ、その後がいけなかったっていうことね。


そう。家光時代からのブレーンが高齢化すると、今度は若手の老中酒井忠清に権力が集中するという弊害が出てきた。だから五代将軍綱吉は自分の就任を反対した酒井を即刻罷免すると、大老堀田正俊の刺殺事件を契機として老中を遠ざけ、柳沢吉保のような側用人を通じて親政を復活させるんだ。

ははぁ〜、自分で何でもやりたくなっちゃったのね。でも、それをやるには政治家としてよほど優秀じゃないとねぇ。

あとはキミも知ってる通りで、文治政治になって武道より学問を奨励したのは良いとしても『生類憐れみの令』なんて悪法を発令したから庶民からは嫌われた。でも、最大の罪はそんなことより、幕府の財政を破綻寸前にまで追い込んだことだ。

やっぱり今も昔も、一番の問題は財政なのね。


綱吉の浪費癖と元禄バブル

家光の時代までは十分に蓄えがあったんだけど、家綱の時に「明暦の大火」という大災害があったから江戸の再建に莫大な金がかかった。当時の税収は、ほとんどが米だから、天候に左右されて不安定だし、そんなに簡単に増税できるわけじゃない。そんな状態のままで信心深い綱吉がお寺だの朝廷だのにジャブジャブお金を使ったから、公共事業バブルで市場経済は空前の好景気になったけど、幕府の財政は大ピンチだ。

今の政府みたいに赤字国債とかで乗りきる方法はなかったの?


貨幣改鋳で金の含有量を減らすという苦肉の策を使ったけど、それで一時的に潤っても、市場での信用不安を招いたから、かえって経済は混乱した。そこからバブル崩壊が始まるわけ。
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