虚構の中の真実 時代劇のヒーローたち

遠山金四郎(後編)〜誰も知らなかった桜吹雪

ついに金さんまで左遷させられちゃったのかぁ。実際の歴史では「正義が勝つ」ってわけじゃないのね。

いや、まだ話は終わってないよ。前に話した「上知令」っていうのがあっただろ。江戸や大坂近辺の領地を幕府が召し上げるっていう発令ね。これが予想外の反発を呼ぶんだ。代替地の収穫量が以前より少ないと判ると、持ち主の大名や旗本、領民さえも納得しない。全国で反対運動が起こるんだ。しかも、幕閣の中にもその当事者がいた。老中の土井利位(としつら)だ。最初は「上知令」に賛成していたんだけど、自分が大損するとわかると、一転、反対派に回った。

今も昔も、みんな自分のことになると態度が変わっちゃうのね。


反対派は御三家も巻き込んで攻勢に出たから、結局水野は罷免される。急激な改革は2年余りで水泡に帰したわけ。

結局、あれだけ大騒ぎしたのは何だったの?って感じよね。水野さんのポチだった鳥居さんはどうなったの?

形勢不利と感じた鳥居は、水野にとって不利な機密情報を土井利位に流してなんとか延命を図った。これは成功するんだけど、その後信じられない事態が起きた。

鳥居さんってやっぱりサイテーの男ね。罰が当たるわよ、きっと。


その通り。弘化元年(1844)、水野が一時的に老中首座に返り咲くんだ。なぜ返り咲いたかには諸説あって真相は謎なんだけど、まぁ、裏切り者の鳥居だけは許せなかったとみえて、水野は早速鳥居を解任、財産没収の上、丸亀藩に幽閉した。この幽閉は20年以上、明治維新まで解けなかった。

金さん、復活する

左遷された金さんはどうなったの?


水野の在任中は閑職のままだったけど、その水野は、かつての力もどこへやら。大名から庶民まで、徹底的に嫌われ、同僚の老中も仕事をボイコットする有様。これでは長くは続かない。わずか1年4カ月で辞任、その後は寂しい余生を送った。水野がいなくなったことで、遠山は再び脚光を浴びる。弘化2年(1845)、今度は南町奉行として、異例の返り咲きを果たすんだ。

やっぱり正義は勝つんだ〜。納得。


遠山が“正義”かどうかは別にして、水野を中心とした政争に巻き込まれることなく、うまく生き延びたといえるだろうね。その背景には、北町奉行に就任した際に、将軍家慶の御前で実際に裁判を行ったんだけど、「奉行たる者、左もこれ在るべき事に候」と、裁定を絶賛された逸話がある。

つまり、将軍様のお気に入りだったっていうことかぁ〜。


そう。それで水野も迂闊には罷免できなかったようだね。そして返り咲いた遠山はかつて苦渋の決断を強いられた株仲間の解散を撤廃し、再興を促した。天保の改革で規制を余儀なくされた露店や寄席も順次復活させて、江戸の活気を取り戻そうとした。これはいわば、改革の後始末みたいなもんだけどね。

やっぱり金さんは、水野さんの改革には賛成していなかったんだ。


そこをどう見るかだね。遠山は、ある意味凄く常識的な人だったと思う。だから、水野、矢部、鳥居といった連中とは違って、クールで現実志向の面が強い。私腹を肥やすことも、出世のために他人を売ることも、主張を貫くために過激な行動に出ることもなかった。裁定が巧みだったという逸話を見ても、世事に長け、バランスの取れた人物像が浮かんでくる。そういう意味では、映画やテレビで描かれた「義理と人情」に篤いヒーロー像とはちょっと違う。むしろ、明治時代になって、新政府の急速な西洋化や合理主義に反発した大衆が、「義理と人情」の江戸時代を懐かしんで、誰からも愛されるリーダー像を作り上げていったというべきかな。

なるほど。実際の金さんは、「庶民のヒーロー」ではなくて「幕府にとって優秀な官僚」だったってことね。


その証拠に、反水野派の筆頭だった阿部正弘が老中首座になっても、遠山は重用されている。およそ全ての国民を敵に回すような、過激な改革の実行部隊の一人だったのに、嘉永5年(1852)に隠居するまで職務を全うできたということは、そういった過去を差し引いても、信頼に足る人物という評価があったからじゃないかな。遠山が隠居した翌年、浦賀に黒船が現れて、時代は一気に幕末に突入する。亡くなったのはその2年後、63歳だった。改革という時代の流れに翻弄されながらも、最後まで生き残り、江戸幕府の崩壊を見ることなく人生の幕を閉じることが出来たのは、幕臣として、侍として、まずまず幸せな生涯だったんじゃないだろうか。
<おわり>