虚構の中の真実 時代劇のヒーローたち

長谷川平蔵〜人を信じ、人を活かす

掟破りの費用捻出

また経済の話? すご〜く苦手なんですけど…。


難しくないからまぁ聞きなさいよ。銭相場下落による物価高騰に関して、経済オンチの定信は商人を呼びつけて物価を下げろと言えば何とかなると考えていたらしい。平蔵はそれを利用した。まず定信の許可を得て商人達に物価を下げるよう命令する。しかし、商人達は一応価格は下げるけど商品流通を抑えて対抗するから意味はない。

それじゃあ、何にもならないじゃない。


ところがそうでもないんだ。平蔵はあれこれ理由をつけてすぐさま幕府から小判を借り入れ、銅銭を大量に買い占める。物価が下がれば銭相場が持ち直すから、その時に今度は売り払う。そうすると…。

差額がずいぶん出るわよね。

平蔵はその差額を人足寄場の建設費に回したんだ。ただの役人が思いつくような発想じゃない。悪く言えば官権を利用した市場操作なんだけど、定信は一応すべて許可したわけだし、平蔵もそれで私服を肥やしたわけではないから今さら文句は言えない。

平蔵さん凄〜い。だけど定信公は「とんでもないヤツ」だと思ったでしょうね。


定信の自伝には「人足寄場は長谷川の功績ではあるけれど、この人は功利をむさぼる故に、山師のようなところがあって、周囲の評判も良くないことは知っていたが、そういう人物でなければ、財政難での寄場建設は難しいということで、協議の上、任せることにした」といった内容が書かれている。

なんか引っかかる表現よね。お金を出さなかった自分の事は棚に上げて、人物がどうのこうのって…。

現実の経済とか商人の発想を熟知した平蔵に比べて、金儲けなど言語道断と考えている堅物の殿様には、おのずと限界がある。でも、だからといって定信が無能というわけではないよ。ただ、考え方がちょっと狭すぎるんだ。田沼だったら平蔵の機智を褒めそやしただろうけどね。

田沼さんが大嫌いな定信公は、平蔵さんのそういうところが余計に癪にさわったのかもね。

結果的に平蔵は火盗改という通常業務をこなしながら工事を指揮し、寛政2年(1790)に石川島人足寄場を開業させた。しかもわずか2年足らずでその経営を軌道に乗せたんだ。

人足寄場では、実際にどんな仕事を与えていたの?


大工や建具職人の技術を持つ者にはそのまま修練させて、その他の者には馬の轡や草鞋づくりのような簡単な手作業とか、紙漉き、土木工事なんかを指導する。維持費を稼ぐために菜種の油絞りのような重労働もあったけど、現在の刑務所同様、手当も支給された。しかも、一部を強制的に貯金して、出所の際に支給する。

凄い! そこまで考えていたんだ。


それだけじゃないよ。精神的な更正も行っていた。月3回、三のつく日の暮六つから五つまで、石門心学の大家・中沢道二を招いて講義も実施していた。今で言う教誨師だ。講義内容は神道、儒教、仏教をベースにして、身近な例を用いてわかりやすく解説した、小中学校の道徳の授業みたいな感じだな。

う〜ん、ますます凄い!


施設も非人溜とは大違いで、寝所、作業場の他に調理場や浴室、医師のいる病室まであった。快適とは言えないまでも、十分に人権を配慮したものだったんだ。
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