虚構の中の真実 時代劇のヒーローたち

長谷川平蔵〜人を信じ、人を活かす

そういえば、テレビの中では平蔵さんが奥さんと住んでいるお屋敷に部下の人たちも住んでいて、同じ場所に拷問部屋とかもあったような気がするんだけど、あれってスタジオの都合?

それは別にテレビ局が予算を浮かすためじゃなくて、実際そうなんだ。火盗改になったら、自分の屋敷に事務所も牢も拷問部屋もお白洲も作らなきゃいけない。つまり、自宅イコール警察署になるわけ。平蔵は1000石に加増してもらったけど、部下である与力10騎、同心40人の人件費は出ても、経費は支給されないから、凄く費用がかかったと思うよ。

え〜っ、そんな危険な仕事なのに「持ち出し」なの? 信じられない…。

しかも平蔵は幕府が禁じていた岡っ引きや目明かしを、敢えて積極的に使っていたからね。その費用も相当かかったはずだ。でもね、平蔵チームが抜群の検挙率を誇ったのは、そういった非正規の、いわば「私立探偵」とか「情報屋」のルートをたくさん持っていたからなんだ。その源流は、平蔵が放蕩生活を送っている間に知り合った人脈ではないかと言われている。

平蔵さんって、むしろ金さんのイメージを地でいってる感じね。


事務方で、裁判官的な仕事の多い町奉行に比べて、火盗改は現場主義の捜査官だからね。実際に街中を動くことが多い。だから、テレビドラマの一場面みたいなエピソードも生まれる。ある日、麹町で平蔵の手の者が巡回していたら、編み笠を深くかぶった怪しげな侍がいたので、不審に思って追いかけて笠をはぎ取ったら、それは平蔵だった。あわてて手の者が平伏して謝ったら、平蔵は声を和らげて「ヤレヤレ御大儀、よくこそ心付けたれ」と何度もねぎらったという話。

わぁ〜、まさに時代劇の平蔵さんね。それって本当の話なの?


明治時代に旧幕臣が編纂した『江戸会誌』に載っている話だから、うわさ話の域は出ないけど、平蔵が普段から市中を歩き回って情報収集していたという雰囲気は伝わってくるよね。まぁ、そういう地道な捜査が実ったのが有名な神道徳次郎一味の捕縛だ。

有名って言われても、ワタシ的には有名じゃないけど…。


神道徳次郎は神道流剣術の使い手で、別名、神稲小僧。手下10数名と共に陸奥、常陸、上総、下総、下野、武州一帯を荒らしまわった大盗賊だ。移動時には公儀の御用を装って関所を巧みにすり抜けて、民家を遅い金品を奪うばかりか、火をつけたり、声を上げた者は斬り殺すという残忍さで恐れられていた。

うわ〜、高度情報化社会って言われてる現代でもオウムの実行犯みたいになかなか捕まらないのに、平蔵さんはどうやって捕まえたの?

当然江戸時代だからね。口コミですよ。但し、平蔵の場合は元犯罪者である岡っ引きなんかをたくさん泳がせていたから“蛇の道はヘビ”で、犯罪者の情報は犯罪者に聞けと言うことだよね。たぶん、犯罪実行前に一味が集まる情報を掴んで、一網打尽にしたんじゃないかな。

それだけの大物を捕まえたら、やっぱり有名になるでしょうね。


『本所の平蔵』が江戸中で知られるようになったのは、寛政元年(1789)の、この大捕物が最初だ。他にも平蔵は葵の御紋をつけた提灯で商家をだまし、押し入ったら必ず婦女をレイプするという“女の敵”通称『葵小僧』も寛政3年(1791)に捕縛している。

酷いヤツねぇ。捕まったって、被害者の心の傷は消えないわよ。


平蔵もそう思ったんだろうね。老中の許可を得て、捕縛後わずか10日で打ち首にした。取り調べなしというのは被害者に語らせないよう配慮したからと言われている。

いい人ね。なんか、だんだんイメージがドラマの平蔵さんに近づいてきたような…。

松平定信の自伝にも“長谷川なにがし”が大松五郎という盗賊を捕まえたなんて、わざわざ書いてあるから、平蔵が江戸の治安を守る警視総監として極めて優秀であったことは間違いない。
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